レース記録

Day26

2013.06.22

本日のルート

本日のレーススタートは、8時頃から始まっており、現在続々と出発をしていて、同じ状況だった、ポーランドチームも出発した
我々は12時頃、ベントレー社に出向き部品が到着次第(4時過ぎ)交換をする
昨日の作業で、部品がいつ来ても交換出来る状態にしているので、交換作業は以外に早いかもしれない
部品到着までは、ワイパーやウインカーの修理、その他できる範囲で不具合を直す予定にしている
ベントレー社は本日休日だが、超過料金を払う事で、3人のメカニックが対応してくれるので、何とかなるだろう。
本日の目的地に向かう出発時間は、おそらく午後8時頃になるだろう、到着は午前4時を予想している
幹線道路の深夜走行になるため、トラックが多い事を予想し、今まで以上に気をつけなければならない
予防策として、フォーグランプやストロボライト等全てのライトを点灯して走行する予定。
居眠り運転防止のためには、30分ごとの運転交換も必要と考えている。
岩崎様が歌謡曲などを入れているiPhonを、「眠気防止のために使って」と言って貸してくれたので
ありがたく利用させていただく事にした。 こうなれば「トラック野郎」の心境だ

これらの予定は、あくまでも修理が出来たらの話である。予定どおりスタート出来るかどうかは
修理終了後にブログで簡単に報告します。

現在現地時間午後4時半すぎ
依頼した部品がドイツ止まりになっている、受け取れるのは水曜日
理由は色々がある様だが私には理解出来ない
色々考えた末、下記の予定を立てている
修理は、26日ののダボスで行うので、パーツは新たに発注し25日の夜ホテルで受け取る手配
車は明日ベントレー社からダボスに運ぶ
我々はレンタカーを借りて、スケジュールをこなしながらダボスで、修理の上がりを待つ

加藤様
皆様によろしくお伝えください
これからレンタカー借りに行きます


Sugiyama

(フランスのトロアで追記しました。)

6月22日土曜日、ラリー本隊はキエフからルヴィウに移動する。我々は午後4時予定の部品の到着を待って修理作業を再開し、完成後直ちに本隊の後を追ってルヴィウに移動する予定。

ところが,電話をして昼頃に工場に行ったところ、現場には誰も来ておらず事務所には担当者が一人いるだけで,渉外担当のアレクセイが来て説明するから待ってくれと言うだけ。何か変だなと思っているとアレクセイがやってきて、悪いニュースだ,部品が中継地であるドイツに送られて,現在まだそこにあると言う。

なぜだ,どうしてだと言っても,彼もDHLではないから分からないと言うだけ。怒りがこみ上げるが,土曜日出勤で一生懸命やってくれている彼を怒らせては全てが終わる。じっと我慢して,方針を切り替え,ベントレーの配送の手配をしてルヴィウに送る事にし,我々はレンタカーで本隊を追って今日中にルヴィウに到着する事を目指す。

しかしウクライナの土曜日,しかも月曜日はウクライナの祝日なので三連休になる,その最初の休日に,トラックの手配をし,レンタカーを借りるのは実に大変だった。トラックの代金2000ユーロを前払いし,レンタカーを空港で借りて出発したのは,午後6時だった。これからルヴィウまで約500kmを走る。

Chikushi

ドニエプル川。キエフの町はその丘の上にある。

  • ホテルからの対岸では、川遊びが盛ん

Moive

Peking to Paris Motor Challenge 2013 #94 Sugiyama&Chikushi


杉山・筑紫チームのユーラシア大陸横断記
24日目~31日目「修理・復活編」です。
次の動画は「33日目」となります。

Lviv リヴィウ 

通貨フリヴニャ
1フリヴニャ=4.28円(2017年10月20日現在)
緯度北緯49.8°(プラハと同じくらいの緯度)
経度東経24°
年間降水量660mm(東京は1529mm)
ビッグマック指数ウクライナでビッグマックは約81円(東京では通常320円)

<リヴィウ>

ウクライナ西部の都市で、ハルィチナー地方の中心都市です。人口は約83万人。
ウクライナで最もウクライナ色の強い町です。ウクライナ語が公用語で、ロシア語を聞く機会は滅多にありません。ウクライナ人のアイデンティティの支柱ともいえるウクライナ・カトリック(ユニエイト)の総本山を有し、その長い歴史を通して常に民族運動の牽引役を果たしてきました。
歴史地区はユネスコの世界遺産に登録されています。


http://en.wikipedia.org/wiki/File:Lw%C3%B3w_-_Rynek_01.JPG
引用:wikimedia commons  http://commons.wikimedia.org/

<リヴィウ歴史地区(世界遺産>

ルーシのガリツキー公により、13世紀に建設されたウクライナの古都。
14世紀以降はポーランドやハプスブルグ帝国の支配下となり西ヨーロッパの影響を強く受けたことから、複雑で美しい景観や文化が形成され、バロック様式の教会、石畳の歩道が並ぶ端正な街並みは「ヨーロッパの真珠」とも賞賛されています。
自国のアイデンティティーに誇りを持つリヴィヴの人々は、現代でもロシア語でなく、ウクライナ語を使います。リヴィウの歴史地区は1993年、世界文化遺産に指定されました。


http://en.wikipedia.org/wiki/File:Lw%C3%B3w_-_Widok_z_wie%C5%BCy_ratuszowej_01.jpg
引用:wikimedia commons  http://commons.wikimedia.org/

明日のルート