レース記録

Day13

2013.06.09

本日のルート

本日やっとこさで、近代都市ノボシビルスクに到着いたしました
ホテルのインターネット環境も完備されていますので、ブログを再開いたします。  
ノボシビルスクはシベリア地方の中心都市
日本人にとってシベリアの印象は、決してよくはありませんが、来てみると、
幹線道路の両端は白樺林と草原、菜の花が一杯咲いていて、とても綺麗な所だと感じました。沿道では車に向かって手を振ってくれたり、追い越す車の中からは、写真を撮ったり、親指を立てたりして歓迎を受けております。
ロシア人は気難しいと思っていたので、とても意外。
ホテルに到着後は、ロシア国営TV局の取材を受けています

ホテルに、日本の修理会社にお願いしていた部品が届いていたので、早速、明日取り付ける予定。
又、明日が休養日のため、近くの日産に掛け合って修理をお願いすることと
車内に積もり積もった、パウダー状の土を洗い流すことにする予定
とにもかくにも、毎日がとても忙しくしています
おかげで、ヒゲがもみ上げと繋がり、鏡を見ますと熊五郎みたくて、より人相が悪くなっています。
追加話
昨晩のホテル廊下で、外人男性が足を抱えてうずくまっていました
おそらく奥さんに閉め出されたのだろう(お気の毒・・)
別件
今朝出発前、ホテル駐車場で準備をしていたところ、隣でフランス人女性が泣きながら車の窓ガラスを掃除していて旦那の姿は見えない
間もなく、他のフランス人男性が来て慰めていたようだ(想像ですが)
ちなみにスタートするときは、ご主人が運転していましたが、厳しい表情でした。 よけいなお節介か

砂漠地帯でのブログを簡単ではありますが追加いたしましたので、ご覧頂ければと思います
尚、簡単なデジカメが壊れ、一眼レフのみで撮影しております、これがパソコンに取り込めませんので
写真がありません
本日デジカメを買います

Sugiyama

しばらくご無沙汰しましたが,ノボシビルスクからブログを再開します。
今日はロシア・アルタイ地方の町アヤからノボシビルスクまで632kmを走る。7時半に先頭が出発して,我々は8時21分にスタート。天気は快晴、気温は7−8度。周囲は牧草地から耕作地に変わり,白樺の並木と菜の花の群生の中を一直線に道路が続く。白樺の幹の白さと緑の葉、そして青い空は、まさにシベリアの風景だ。耕作地の周りにはいくつもの防風林があり,その緑と作物の緑が180度のパノラマで地平線まで続く。モンゴルでの砂漠の地平線とは異なり,目に優しい。
昼間の気温は22−3度で日差しが強いが,冬が長いシベリアにとって,一年で一番良い季節だろう。今日は日曜日なので村の広場に市場が出ているのが見られた。幹線道路の側にはガソリンスタンドが数多くあり,カフェやミニスーパーを併設している所もある。我々はミニスーパーに入ってパンと飲み物とバナナと甘い物を買い,近くで昼食をとる。モンゴルと違って,ロシアからはランチボックスは用意されていない。
ノボシビルスクまであと50kmのところで標識を見ると、これから3010kmという表示があった。目を疑って次の標識を見ると,イルクーツクまで3010kmということであった。日本列島を縦断して2000km だから,距離感が違う。
夕方、オビ川の滔々たる流れを横に見ながらノボシビルスクに到着。くすんだ色合いの工業都市というのが第一印象でとても百万都市には見えない。宿泊先のコングレスホテルは駅前広場に面しているが,ノボシビルスク駅は壮大な建物だ。外観が壮麗で内部には大きな空間があり,商業施設や各種の待合室,大きな発着掲示板や何十ものチケット売り場がある。もともとノボシビルスクは新しいシベリアというその名の通り,シベリア開発の拠点として発展したわけだから,鉄道駅が重要な意味を持ったわけだが,町のシンボル的な存在でもあると思う。これに類するような駅として大連駅が思い浮かぶが、鉄道の乗降場所という機能だけではない外観や存在感というのが駅にはあるような気がする。

Chikushi

アヤからノボシビルスクへ。シベリアの平原の始まり。

  • ロシアで初めての宿泊地 アヤ
    この駐車場でフランス人女性が泣いていました。

  • 逆激写

  • シベリアの民家。屋根が急傾斜で窓が小さい。

  • 途中のドライブインで

  • ロシア全般をサポートしてくれる
    サポーターと
    ロシア人だが東洋人的な顔をしているので親しみが有る

  • アルタイがだんだん離れて行く

  • ガソリンスタンドのトイレ、ドアを開く勇気はない
    裏でゴソゴソしている人がいますが、何をしているのでしょう?

  • 中流住宅街だろうか

  • 近代文化に戻って来たと実感

Moive

Peking to Paris Motor Challenge 2013 #94 Sugiyama&Chikushi


杉山・筑紫チームのユーラシア大陸横断記
本日の動画はございません。次の動画は「16日目」です。

Novosibirsk ノボシビルスク(ノヴォシビルスク) 

通貨ロシア・ルーブル
1ロシア・ルーブル=1.91円(2017年12月17日現在)
緯度北緯55°(コペンハーゲンと同じくらいの緯度)
経度東経82.9°
年間降水量448mm(東京は1529mm)
ビッグマック指数ロシアでビッグマックは約139円(東京では通常320円)

<ノボシビルスク>

ノボシビルスクは、ロシア連邦・シベリアの中心的都市です。別名「シベリアの首都」。
ノボシビルスク州の州都でオビ川沿いにあります。人口は約147万。人口規模は国内第3位で、シベリアでは最大です。
1893年、シベリア鉄道のオビ川鉄橋と鉄道駅の建設の際にできた集落が起源となっており、創設者はオビ川の鉄橋建設を指導した技師で作家でもあるガリン=ミハイロフスキーとされています。翌1894年に集落はアレクサンドロフスキーと名付けられ、その翌年にはノボニコラエフスキーと改称しました。1903年に市となりノボニコラエフスクと呼ばれるようになりました。
当時は典型的な商人の町で、アメリカの開拓地を思わせるものがあり、「シブ・シカゴ(シベリアのシカゴ)」とも呼ばれていました。1926年には、「新しいシベリア」を意味する現在の名称「ノボシビルスク」となりました。


http://commons.wikimedia.org/wiki/File:Novosibirsk_Krasnyi_Prospekt_22.jpg
引用:wikimedia commons  http://commons.wikimedia.org/

<シベリア鉄道>

ノボシビルスクにとってシベリア鉄道はなくてはならない存在です。
市の中心を流れるオビ川にかかる鉄橋は、ノボシビルスクの歴史の始まりであり、当時、シベリア鉄道建設に携わった労働者がノボシビルスク最初の市民となり、ノボシビルスク市旗にも表されています。19世紀に造られた古い橋の一部は、現在建設中のノボシビルスク記念公園のシンボルとなっています。
現在のノボシビルスク駅の建物は、1932年~1939年に建設され、ノボシビルスクのシンボルの1つになっています。シベリア鉄道最大の駅で、内装は大理石などの自然石で作られ、外装はきれいな緑色。駅前には、1891年にオビ川の鉄橋位置を決定したガリン=ミハイロフスキーの記念広場があります。


http://commons.wikimedia.org/wiki/File:Novosibirsk_Vauhxall.jpg
引用:wikimedia commons  http://commons.wikimedia.org/