レース記録

Day18

2013.06.14

本日のルート

今日も多いに道を間違いながらのホテル着
ホテルは残念ながら、昨日とは大違いである
本レース参加費用には、全てのホテル代が含まれているが、我々はそれとは別に1部屋を押さえていて
料金も前払いしている。
ホテルに付いたら、先ずは主催者カンターに行って94番の袋を貰う、中には部屋カードが2枚入っている。 次にホテルカンターにいつて、チェックイン手続きを行うが、これには温厚な私も腹が立つ。
理由は、「あなたの部屋のキーは既に主催者に渡している」と言うので、これだろうと行って袋を見せ
ながら、それとは別に部屋を取っていると言いながら、領収書も兼ねているるバウチャーを見せても理解しない。だれかと電話連絡しているのだが、電話相手も理解していないようだ。 アホ共が・・
サポターが来て説明しても理解しない、おそらく別途部屋を取ることなどあり得ないと思っているのだろう。 毎日フロントデスクとやり合っていると、こちらにも知恵が付いてきたので、お金を返すか?部屋のキーをくれるのか?どちらかを選択しろと少々大きな声を出すと解決する。
ちなみに昨日のファイアットホテルはすぐに理解してくれた。

大会参加者とは、みんなフランクに接しているが、今日こんな出来事があった
夕食前バーでビールを注文、規則で部屋に付ける事は出来ない、支払いは現金のみである
ビール1杯300ルーブル(約1200円)のルーブルがないため、カンターに両替にいくが
ホテルは両替できないと言う(3流ホテルめが・・)
仕方なくバーに戻り、目の前にある生ビールをキャンセルしていたところ、、次番のイギリス人男性が
バーテンダーに幾らだと尋ね支払ってくれた 。今まで口を聞いた事もない人からの助けである
ゼッケン2番で1925年型のロールスロイスで出場している方だと分かりましたので、岩崎さんから借用して返金しました。
同じバーで、筑紫レポートで紹介されている33番から、間違った道の誘導して「ごめんなさい」と何回も謝罪を受けた。こちらが勝手に追いて行ったのだから、彼には責任がないのに・・
みんな大らかな感じのする人が多いと感じた。
現在夜の12時近い 明日は7時の出発であるので、早く寝なければ・・








Sugiyama

今日はアジアからヨーロッパに入る。
朝,天気は晴れ、気温は14度、風があるので肌寒く感じるが,ロシア人には心地よい感じのようだ。

ラリーのコースは481kmの長距離で田舎道を走るので、わがベントレーは慎重に走る必要があり,事務局に話して早めに出発させてもらう。予定では9時21分のところを,8時に出発した。

エカテリンブルグから40kmの地点で,アジアとヨーロッパの境界線に達する。高さ20mくらいの塔があり,台座の部分に,右側にアジア,左側にヨーロッパと,ロシア文字で書かれている。

早めにスタートしたので,前後に他のメンバーが走っていて,それを参考に順調に走ることが出来た。しかし,ゴールであるウファについたとき,前を走っていた33番の車に付いて幹線道路からの出口を一つ早めに出たため,予定ルートとは全く違う方向に行くはめになった。33番もナビを見ながら走っていたようだが,途中から様子がおかしくなり,彼らも道に迷ったのだと分かった。

ラッシュアワーの渋滞の中でうろうろしていると,ロシア人の青年がラリーのプレジデント・ホテルに行くのなら先導してあげようと言うので,彼について行くことにし、無事ホテルに到着出来た。われわれもナビシステムのガーミンを持っているので,何とか行けたとは思うが,土地の人に案内してもらったときは,地獄で仏と本当に感謝した。

彼は日本製のランドクルーザーに乗っており,車の後ろにキャンプ用品を入れるようなワゴンを牽引していて,経済的に余裕のある感じだったので,どんな仕事をしているのかと聞くと,石油や天然ガスのパイプラインの設計士だということだった。ロシアでは最も花形の仕事だろうから,彼のゆとりある態度が理解出来た。

という訳で,ゴールには19時に到着したので,今日は11時間走ったことになる。

ウラル山脈は山というよりは丘の連なりという感じで,標高300mの峠を越えてヨーロッパに入った。西側斜面は丘のつながりで,緑の牧草と針葉樹の風景になった。放牧の牛たちが,陽光の下で気持ち良さそうに草を食べている。

丘を上り下りするたびに道路はアップダウンし,ジェットコースターに乗っているような急勾配の道もあった。田舎道はトラックが少ないので,追い越しのときに神経を使うことが少なく結果として走り易かった。しかし道路の状況は昨日までと同じで,舗装が良いところは快適だが,急にがたがた道や工事中の道になり,うっかりスピードを出すと途端に車に響いてくる。

田舎道から,幹線道路のM5に出ると交通量が一気に増え,トラックの数も増えて,走りにくくなる。また,道路の状況も至る所で,がたがたになっており、これがロシアの東西を結ぶ幹線道路かと思うと,ちょっとお粗末な感じがする。

今日は,結婚式の車列を2組見かけた。まさに,ジューン・ブライドだ。6月14日、金曜日。ロシアの大安とか,何か意味のある日なのだろうか。

Chikushi

アジアとヨーロッパを股にかける男。左足がアジア、右足がヨーロッパ。
この写真は脚の長さの実態を反映していない様な気がする
きちっとしたカメラを選べねば

  • これが塔の全体像。ロシアでは何でも物が大きくなる。

  • 血の上の教会。かつてニコライ二世が処刑された場所に,この教会が建てられた。

  • ロシア正教の十字架。田舎道の道路脇に設置してあった。

  • タイムコントロールの場所は,いつもロシア人で一杯。子供たちの顔が明るい。

  • ウファのホテルの窓から東の方向を見た景色。地平線がまだ昼のように明るい。これが午後9時の写真。日没は10時半。ようやく暗くなるのが11時。

  • エカテリンブルグのホテルの窓から見たウラル山脈。ビルの後ろにかすかに見える。山というよりは丘という感じ。

  • ホテルから見る住宅街

  • こちら側がヨーロッパ

  • こちら側がアジア

Moive

Peking to Paris Motor Challenge 2013 #94 Sugiyama&Chikushi


杉山・筑紫チームのユーラシア大陸横断記
本日の動画はございません。次の動画は「19日目」です。

Ufa ウファ 

通貨ロシア・ルーブル
1ロシア・ルーブル=1.97円(2017年10月20日現在)
緯度北緯54.7°(ダブリンと同じくらいの緯度)
経度東経56°
年間降水量419mm(東京は1529mm)
ビッグマック指数ロシアでビッグマックは約144円(東京では通常320円)

<ウファ>

ロシア連邦中央部に位置するバシコルトスタン共和国(バシキリア)の首都。
人口は1042437人(2002年全ロシア国勢調査)とロシアでも有数の大きな都市です。
ロシア人が人口のうち54.2%を占めますが、地方から転居してくるバシキール人(11.3%)やタタール人(27%)が増加傾向にあります。またカザンなどと並び、ロシアに暮らすムスリムの宗教的な中心都市です。
ウラル山脈南部の西麓(ヨーロッパ側)に広がる丘の上に位置し、ヴォルガ川の支流ベラヤ川とウファ川の合流地点に町が広がります。アジアとヨーロッパの境界線となるウラル山脈の分水嶺へは東へ100キロメートル。モスクワから1567キロメートル。
ウラル地方の工業の中心であり、電気工業、石油精製、石油化学工業、食品加工などが盛んです。また大学も多数ある学術都市でもあります。名産品は蜂蜜など。


https://en.wikipedia.org/wiki/File:Ufa_river_view.JPG
引用:wikimedia commons  http://commons.wikimedia.org/

<文化・教育・観光>

ウファには文化宮殿やバシコルトスタン国立劇場などの文化施設があるほか、バシコルトスタン国立の諸大学、航空機工業や石油産業に関する大学など、数多くの大学が集中しています。
バシキール人の民族的英雄・サラヴァト・ユラーエフの像はベラヤ川沿いに1968年に建てられ、2004年に改修されました。1965年に建てられたバシキール人とロシア人の友好を記念するモニュメントもあるほか、市の北部には大きなモスク(リャイリャ・チューリップ・モスク)も新設されました。


http://commons.wikimedia.org/wiki/File:Ufa_Sipailovo_summer_wide.jpg
引用:wikimedia commons  http://commons.wikimedia.org/

<ウラル山脈>

ロシアを南北に縦断する山脈で、ユーラシア大陸をヨーロッパとアジアに分ける境界線の北側を形成しています。
このレースでは、エカテリンブルグまでがアジアで、ウラル山脈を越えたウファからヨーロッパに入ります。


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:%E3%82%A6%E3%83%A9%E3%83%AB%E5%B1%B1%E8%84%88.JPG
引用:wikimedia  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%83%A9%E3%83%AB%E5%B1%B1%E8%84%88

明日のルート