レース記録

Day14

2013.06.10

車3台で日産に行く
岩崎チームは、主に板金とオイル交換
北見チームは、リフトだけ借りて、修理は五十嵐さんが行う
我々はブレーキ全般の修理

Sugiyama

モンゴルを出て初めての休養日。参加者はみんな車の修理に掛かり切りになる。日本人チーム3組は,日産センターで修理点検を行うことにする。この日産センターは,フェアレデイ・ゼットを運転する岩崎氏が、昨日市内に入る直前に見つけ、明日の修理はここでしようと考えていたものだ。電話で予約をして(英語がなかなか通じなくて苦労の末の予約だったが)10時に3台で赴く。
言葉の問題はあったが、いざ実物を見ると修理の管理者や修理工の対応は迅速で、ブレーキ、エンジン周りの点検や,ボンネットの修理、サイドミラーの取り付けなどを的確に行ってくれた。日産の品質管理がシベリアのノボシビルスクも含めて世界共通に行き渡っていることを実感した。
その後、ドイツ系のスーパーマーケットのメトロで日用品の買い物。私たちはモンゴルの砂漠を通過するときの振動でデジカメを壊したため,代わりのカメラを購入する。
市内への帰り道,夕方のラッシュアワーに巻き込まれたが,どの車も埃にまみれていていた。そう言えば午前中、日産センターに行くときノボシビルスクの中心街を通ったが,ソ連邦・スターリン時代の建物で外観は重厚だがあまり手入れがなされていない感じがした。やはりここは開拓の最前線で工業都市という位置づけなのだろう。
夕食後、ホテルのエレベーターでアエロフロートの国内線クルーと一緒になった。ウラジオストックから飛んできたというので,つい、2時間くらいかと聞くと、5時間だという答えだった。距離感が全然違う。
夕方(夜?)10時、それまで降っていた雨がやみ。太陽が西の地平線に沈む。
明日はオムスクへ687km移動する。

Chikushi

ノボシビルスク駅。昨日書いたとおり壮麗な建築物だ。

  • ホテルからの眺め

  • アー疲れた 老眼に目薬
    そりゃそうですよ スピードの出し過ぎ

  • こちらも疲れているようです
    北見住職はこの場所で、女性の用足しを目撃したそうです

  • 街道筋で樹木が有る所は、トイレの絶好ポイント
    天敵の風がない・見られない

  • 雨のノボシビルスク駅前。左のビルは商業施設。

  • 夕方(夜)10時,雨が止んで赤い夕日が地平線に沈む。

Moive

Peking to Paris Motor Challenge 2013 #94 Sugiyama&Chikushi


杉山・筑紫チームのユーラシア大陸横断記
本日の動画はございません。次の動画は「16日目」です。

Novosibirsk ノボシビルスク(ノヴォシビルスク) 

通貨ロシア・ルーブル
1ロシア・ルーブル=1.91円(2017年12月17日現在)
緯度北緯55°(コペンハーゲンと同じくらいの緯度)
経度東経82.9°
年間降水量448mm(東京は1529mm)
ビッグマック指数ロシアでビッグマックは約139円(東京では通常320円)

<国立オペラ・バレエ劇場>

ノボシビルスクのシンボルは、何といっても巨大な銀色に輝くオペラ・バレエ劇場の威容です。
この巨大な劇場は、第二次世界大戦前に着工され、戦争中も工事が続けられて終戦とほぼ同時に竣工しました。その意味でオペラ・バレエ劇場の多いロシアでも、戦後にオープンした劇場としては最古の歴史を誇ります。
現在この劇場にはバレエ団、オーケストラ、歌劇(オペラ)団が付属し、シベリア地区のみならずロシア舞台芸術の一大中心地として華やかな活動を続けています。
ノボシビルスク・オペラ・バレエ劇場を本拠とするロシア国立ノボシビルスク・バレエ団は、劇場同様、バレエ大国ロシアにあっても戦後結成されたバレエ団としては最古の歴史を誇っています。
第二次世界大戦中、ロシア西部の町は全て戦火に晒されたためにサンクトペテルブルグやモスクワのバレエ団員は中部のペルミや東部のノボシビルスクに疎開していました。そのため、戦争が終わるとすぐにこれらの町ではバレエが復活したのです。
現在のノボシビルスク・バレエ団は、ロシアで最も権威あるバレエ賞として知られる「金のマスク」賞を受賞するなどマリィンスキーやボリショイ劇場バレエ団と並び称される高い評価を得ており、毎年日本をはじめ世界各国に招かれて公演活動を行っています。


http://commons.wikimedia.org/wiki/File:Novosibirsk_opera_house.jpg
引用:wikimedia commons  http://commons.wikimedia.org/

<ノヴォシビルスク州立郷土博物館>

ノヴォシビルスク市中心部のレーニン広場の南にあり、シベリアの代表的建築家・クリャチコーフがノヴォシビルスクで設計と技術監督を務めた最初の作品です。
1階は常設展で、ノヴォシビルスクがノヴォニコラエフスクであった頃の地図などがあり、19~20世紀半ばにかけての資料が充実しています。
州立博物館になる前は市の施設として利用されていました。1階には16の店舗が入居する百貨店として利用され、2階には市議会と市役所、出納庁、国立銀行支店、また1000人収用できる2面採光の明るい大ホール、地下には倉庫、ボイラー室、自己発電機を備えていました。


http://commons.wikimedia.org/wiki/File:Novosibirsk_Regional_Museum_at_night_2.jpg
引用:wikimedia commons  http://commons.wikimedia.org/

明日のルート